ここでは、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』を鑑賞した感想や考察についてまとめていきます。
内容としては、鑑賞中にハンカチが必須になった場面を中心に、キャラクター達の特性を踏まえて考察している部分が多くなっています。
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最終決戦
ここでは、映画の後半で行われた最終決戦とも言える舞台について、過去の別作品にも触れながら様々なキャラクター達の言動を中心に、私なりの考察や感想をまとめていきました。
ようやく助けられた
ここでは、始まった最終決戦でMJが高いところから落ちる場面についてまとめていきます。
ここの場面は、『アメイジング・スパイダーマン2』を想起させました。
今回ピーターがMJを助けに行こうとするところは、映画館で鑑賞した当時は『アメイジング・スパイダーマン2』の時とは違って助けられるはずだと信じて疑わなかったからこそ、その後の絶望感は凄まじいものでした。
『アメイジング・スパイダーマン2』の時とはまた別物で、助けに行こうと思ったら今回は邪魔されるわけで、もうあの時ピーターにとっては絶望的だったと思います。

そこをかつて助けられなかったアンドリュー・ガーフィールド演じるピーターが助けに行ったのです!
それも自分が助けられなかった方法ではなく、今度は確実に助けられるように方法を変えたところは、涙をせき止めていたダムが一気に崩壊しましたよ。
この助けに行くところは、知っている方であれば絶対にわかります。
また、助け終わって着地した後です。
MJから心配されて、アンドリュー・ガーフィールド演じるピーターが大丈夫であることを伝えていましたが、私はいつ観てもここは泣きます。
あの時助けられなかったのは、グウェンだけではなく、グウェンを助けられなかったピーター自身も含まれるのではないでしょうか?
特にグウェンの父親も、『アメイジング・スパイダーマン』でこの世を去っており、期間を経ていたとしても、その次が自分の彼女だったわけです。

大切な彼女を想っているからこそ、離れることを考えていたくらいだった時に、自分の手からこぼれ落ちるような形で彼女を救えなかった経験は、その後のピーターを攻め続けたのではないでしょうか。
時が経てライノと対峙することで、スパイダーマンとして復活したラストを『アメイジング・スパイダーマン2』を描かれましたが、今作を通して、この時はまだ復活しきれていなかったことを私は考えました。
そして今回、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』で別次元の自分が大切に想うMJを救うことが出来たことによって、その表情からようやく自分を許す意味になったように感じ取ることが出来ました。
助けた本当の意味
ここでは、今作に於けるオズボーン博士の言動を通した彼の今後について、私なりに考察してみました。
オズボーン博士は、『スパイダーマン』の時から時折人格を支配していたグリーンゴブリンによって、彼はメイおばさんを手にかけてしまいました。
偶発的な事故とも捉えられますが、メイおばさんがこの世を去る前から、ピーター達が別次元からやってきた彼らを匿っていた場所で好き放題暴れていたところでの、メイおばさんがこの世を去ったのです。
特にメイおばさんは、別次元からやってきたオズボーン博士が助けを求めた際に、優しく声をかけて助けたのですから、普段の自分の良き理解者の1人を奪われた怒りや悲しみが脳内を徐々に埋め尽くしていくことは、普段何事もなく普通の生活を送っている私ですら想像に難くありません。
そこで別次元からピーター達がやって来て、オズボーン博士に対する復讐が無意味であることを聞きましたが、やっぱりそうすぐには納得出来ませんよね。

最終決戦で再びグリーンゴブリンに対して激しい怒りが湧いたピーターは、別次元からやって来たピーターが投た薬剤を受け取り、グリーンゴブリンの治療を行うのですが、この無言で薬剤を投げている場面に私は着目しました。
勿論運動神経の良さは自分達が1番把握しているからこそ、信頼しての無言スイングだったと思いますが、おそらく言葉で言っても理解出来ない時がある、理解出来ない内容があることがわかっているからこそ、何も言わずに薬剤を投げたのかな、と感じました。
その理由は、それぞれ別次元からやって来たピーター・パーカーは、復讐心が何も生まないことを知っていたからです。
トビー・マグワイア演じるピーター・パーカーは、ベンおじさんの敵を捕まえるために、日夜復讐心に燃えて活動をしていました。
また、薬剤を無言で受け取って中身をグリーンゴブリンに投与するのですが、ここもピーターは反射に頼ったように思われました。
このピーターの行動は、私には、怒りの中に残っていたほんの少しの理性で、グリーンゴブリンを手にかけない選択をしたように感じられました。
何故かと言うと、オズボーン博士はメイおばさんや周囲の人達に自分を受け入れてもらった恩義を感じているようだったからです。
そんな状況下で気がついたら、そういった自身を助けてくれた周囲を滅茶苦茶にしており、お世話になった人達のうちの1人を手にかけているわけです。
おそらくオズボーン博士は何をしたかわからず、周囲の状況から自分が何かとんでもないことをしてしまった察して、その罪悪感をほんのり肩に重荷を背負って生きていくことになるでしょうから、ある意味地獄のような気がします。
ピーターが二人を想う気持ち
ここでは、最終決戦を終えて落ち着いたピーターが、ネッドやMJに会いに行く場面について感じたことをまとめました。
今作『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』では、前作の『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』のラストで衝撃展開を見せたことによって、自分だけでなくネッドやMJ、メイおばさんやハッピーといった、普段からお世話になっている周囲の人達がとある騒動に巻き込まれることになりました。
その騒動を解決させるために、最終手段としてドクター・ストレンジに全人類からピーター・パーカーの記憶を消す魔法をかけてもらったのです。
自分の記憶が消えることをピーターがネッドやMJに話している場面では、必ず会う約束をしていて、だからこそ、最終決戦後に落ち着いてから何度も自己紹介の練習をしているピーターが、私は親目線で子どもを見守っているかのように、とても微笑ましく感じられました。
この後、MJと対面をしたピーターが自己紹介の練習をしていた勢いで、MJに対して手紙の内容を読んでいくのかと想像していましたし、劇場でもそう願う観客は少なくなかったはずです。
しかし、いざMJに会って練習通りに手紙の内容を話していた時に、ふとMJの額の傷を確認したときのピーターの表情ですよね。
おそらく最終決戦の時についた傷だと思われます。
自分のことを約束通り思い出してもらおうと息巻いていたのに、いざMJの額の傷を見て、フッと自身の正体を明かすことをやめた時の、ピーターの雰囲気が変わる瞬間が観返すと余計に切なくなります。
このピーターの行動は、今作『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』を通して、自分と一緒にいることによって危険に巻き込まれるのであれば、離れたところで幸せにいてほしいことの、ピーターの気持ちの表れだと思われます。
しかし、ピーターは高校生である上、唯一の血縁と思われるメイおばさんがこの世を去ったばかりで、さらには自分を知る人が誰もいないわけです。
このピーターの状況に思い巡らすと、彼が大人でも過酷とも思われる選択肢を高校生のうちに選び取ったことに対して、さらに感極まってしまいました。
まとめ
- アンドリュー・ガーフィールド演じるピーターは、今作『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』でMJを助けられたことによって、ようやく過去の自分を許すことが出来るようになってきたのではないか。
- トム・ホランド演じるピーターがオズボーン博士に治療薬を投与したのは、ほぼ反射的だったと思われる。
- トム・ホランド演じるピーターは、ネッドやMJが無事でいることを優先させて、自身の正体を明かすことをやめた。
今回は作中後半に関する内容で、私なりの感想や考察をまとめていきました。
今作を劇場で鑑賞した当時の、完結してしまったのかな、という寂寥感が今でも思い出されます。
しかし、月日を経て再び劇場でスパイダーマンが、それも続きが観られるとは思ってもみなかったので、情報の新しさも相まって、続編『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』に関する記事が2記事どころではなくなりました。
そのくらい面白さや見所がありましたので、皆さんも是非ご覧ください。
続編『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』に関する最初の記事はこちらです。

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